プライバシーは舞台裏に

天国の箱庭の中、ココくんはなにやら忙しそうにパソコンを叩いていた。ココくんこと九井一はどうやらお金作りの天才らしかった。ここに居れば必要なものはすべてココくんが揃えてくれたし、わたしにはお金の価値なんて見出だせなかったけれど。それでもココくんの才能には心底尊敬していた。

そんないつもの風景の中、少しだけ異変が起こる。ココくんのデスクの上に置かれてあったスマートフォンがガタガタと震えて、どうやらそれは誰かからの着信のようだった。

瞬間、わたしの方を一瞥。

この人のどこからそんなに優しい声が出るんだろうという声色で「出てもいいか?」なんて聞くものだから、懇願にも似たその顔にわたしはゾクゾクしてしまう。両手足縛られた女が高揚するだなんておかしな話あるかよと思うだろうけど、実際、自分が拘束した状態の女にひどく申し訳なさそうに了承を得ようとするそんなココくんが大好きだった。

「いいよ。わたしのことは気にしないで出てくれて」

「ありがとな」

「はい。こちら九井…え?今から集合?オレいねぇといけねーの?…なら仕方ねぇな。わかったわかった。行くからそんなにうるさく言うな三途つーかもう電話切っていいか?鼓膜破れる」

三途春千夜。ココくんの仕事仲間。以前一度だけ部屋から出して貰って幹部のみんなと顔を合わせたことがある。あの時はドレスコードを指定しての食事会だっただろうか。みんな恋人を連れた、高級レストランでのパーティーはキラキラしていたけれど、エスコートしてくれるココくんと、女性はともかく男性幹部を近づけまいとしていた彼の行動が嬉しくてわたしは終始にこにこしていたっけ。

気が狂いそうになるくらい愛おしい。どこか心の壊れたわたしだけの恋人。

「悪ぃ、もか。ちょっと仕事が入った。すぐ戻るからいい子にしててくれるか?」

「もちろんだよ、ココくん。気をつけて行ってらっしゃい。骨だけになってもずっとずっと待ってるから」

バタバタと身支度をする彼を笑顔で見送ってから、わたしは一人ごちる。

「わたしが死んだらココくんはどんな顔をするのかな!わたしが誰かにレイプされたら、ココくんはその男を殺してくれるかなぁ!?」

もちろん両手足拘束されているのだから自死することなどできないが、もし舌を噛み切ったら?厳重に管理されたタワーマンションの一室だけれど、もし警察が押し入って、その中のひとりが過ちを犯してわたしを犯したら?死こそ、相手の心を刻む行為こそが最愛の人の中に居座り続ける唯一の方法なのだ。わたしはそれを試さずには居られないかもしれない。狂っているのは彼だけではないらしかった。