撮影裏話
『はーい!お二人さん、視線こちらにくださいー!』
最悪だ。人生で最もツイてない日が今日なのかもしれない。とオレは思った。
「ココくんどうしたの?似合ってるよ?かっこいいよ?最高だよ?さすがわたしのココくんだよ?」
「あのなぁ…なんだ?この格好は?」
「え?マッドサイエンティストだよ。そしてわたしはそんなマッドサイエンティストに相応しい、知的でかわいいナースさんだけど…」
まったく頭を抱えずにはいられない。朝起きるなり無理やり着替えさせられて、どこに向かうかと思えばとある写真館。内装がハロウィン一色だったため、嫌な予感はしていたものの…。
「とりあえずその設定には突っ込まないとしてだな…。なあ。なんでオレがこんな格好をする必要がある?」
「だってもうすぐハロウィンだよ?楽しまないと!」
「いいか?オレはこんな一生後悔するような格好もしたくなければ、それを写真に残すなんてもってのほかだ。やりたきゃもか、オマエ一人でやってろ」
「それじゃただのかわいいナースさんだよ~」
ココくんがいてくれなきゃだめなの!とオレの腕にしがみつき喚いているが。
そもそもハロウィンの楽しみ方を日本人は履き違えてやがる。元々はガキ御用達のイベントじゃねーか。それがいつからこうなった?
「ココくん、一生のお願いだから一緒に写真撮って♡」
「いくら出す?」
「いくらでも!」
「よし。手短に済ますぞ」
…ということで冒頭に戻る。
幸い仮装はまだマシな白衣だし、金が貰えるなら写真の一枚や二枚我慢してやろうじゃねーか。オレは金の亡者、九井一だ。とりあえず、深呼吸をして心を落ち着ける。こうなりゃもうヤケクソだ。仮装でもなんでもやってやる。
『はい!次はもっとノリノリな感じで行ってみましょうか!』
「はーい!おっココくんやけに乗り気ですなあ…!」
「金。ちゃんと払えよ、これが終わったら」
「やだなあ!わたしがココくんに嘘を吐いたことなんてある?」
ある。あるから言っているのだ。いつもデタラメな名字を名乗るわ、知らねえ男と(それも毎回別の男だ)よく居るわ。それを問い詰めるほど関心はなかったが。信じろと言われても信じきれない、そんな空気を纏わせているのがこの女だった。
「楽しみだね!ハロウィン当日!」
「…オレは一緒に過ごすなんて、「過ごさないの?」
もう少しで胸が当たりそうな至近距離。上目遣いで尋ねられると、どうも弱い。ぐ…と喉の奥に物が詰まったように続く声が出なかった。とりあえずオレは巫山戯たこの国の風習と頭の中ハッピーセットなこの女のバカさに嘲笑を浮かべ、次はいくらせびろうか画策するのだった。