ズタズタのストロー、私たちの心電図

いつも追いかけるのはわたしの方で、ココくんはわたしのことなんてなんとも思ってないんだと思ってた。それはもうれっきとした事実であるので、今更傷付いたりしないけれど、少し寂しくなる瞬間がある。テレビの中で仲睦まじいカップルが映る時、白いウェディングドレスに身を包んだ新婦が今この瞬間、世界の誰よりも幸福そうに微笑む時。どれもわたしには無縁のものだから─。少し。ほんの少しだけ寂しかった。

一緒にいることを許されただけ光栄なことで、わたしはそれだけで幸せだと思わなきゃいけない。今日も笑顔を貼り付け、ココくんの隣に居られることを神からの賜われ物として享受します。アーメン。

だけどさ、神様。わたしだって欠陥を抱えた人間です。受け入れられることと無理なことがあって、だけど節度を弁えた善良な小市民なので、ただひとつだけ。ひとつだけでいいから欲しいものがあった。ココくんの心が欲しかった。欲しくて欲しくて堪らなかった。だからその為なら他の人とだって寝たし、ココくんの手を振り払うことだってあった。それは危ない綱渡りで、「もういい」なんて言われたら多分わたしは悲しくて悲しくて死んじゃうんだけど、わたしの中の“好き”がそうさせるのだから仕方がないのだ。

その日は10月らしい天気で、肌を掠める秋風が心地よかった。わたしはわざと彼の仕事場の近くを通る。傍から見たらカップルそのものであろう距離で自分でも不思議なことに、好きでもなんでもない男とセックスをして別れたその帰りだった。不意に肩を捕まれ振り向くと、最愛の人がそこにはいた。蛇を連想させる瞳孔がより輝きを増している。そのいつもより鋭い目線は、紛れもなくわたしへ向けたものだった。

「誰だよ。今の男」

「お兄ちゃん」

「嘘だろ。オマエに兄弟はいないはずだ」

「調べたの?はは、お金勿体な」

肩をすくめて笑ってみせる。ああ、その顔が好き。苛立ちが隠せない彼の表情、仕草、声色。わたしが求めていたものは全て此処にあった。

「ココくん疲れてるの?冷静じゃないココくんなんてらしくないじゃん?」

「オマエなぁ…」

深い、そしてわたしの胸をジクジクと焼く、盛大なため息が耳朶に響く。

「別れたいなら言えよ」

「そんなこと思ってないから言えません」

付き合うという概念が彼の中にあったことにまず驚いて、だけどそれには気付かないふりをした。それからわたしは彼の癖を真似してみせる。べ、と舌を出して、それから、それから─どうしていいかわからなかった。

ただ彼に掴まれた手首が熱くて熱くて、溶け落ちてしまいそうだった。頼むから、もう他の男に会うな。金ならやる。だからもうやめろ。彼は一層わたしの腕に力を込めて、そんなことを言う。懇願にも似た真剣さで。

それは紛れもなくわたしがずっと欲しかったもので、出会った日からずっとずっと求めていたものだった。

「もしかしてココくん、わたしのこと好きなの?」

「…だったら悪いかよ」

顔を背けてそういう彼はどこかバツが悪そうで、まるで悪戯がバレて叱られる猫のようだった。胸にぽっかり空いた寂しさはこの瞬間に埋まってしまって、ただただ彼が愛おしかった。

溶け落ちた腕は天に捧げましょう。わたしは彼を抱きしめて、他の誰にも届かないほどの声量で何度も彼の名前を囁くのだった。