なら電気を消して

ココくんのことが大好き。

過去のことを忘れられないその重さも、舌を出すその仕草も、普段は少ない口数も、疲れた時だけに漏れる、わたしだけが聞ける泣き言も、すべて好き。貴方を構成するもの全てがわたしを生かすし、時に殺しもする。

ココくんもとい九井一は梵天という反社会的組織に身をおいていたが、そんなこと、嫌いになる理由になんてなるはずがなかった。まだ幼かった中学生の頃からずっと追いかけてきた。馬鹿みたいにココくんのことを好きだと繰り返すわたしを、最後には「しつけーな。おまえ」と笑って頭を撫でてくれた。その優しさを知っている。どれだけの人間がそれを知っているかわからないけど、少なくともわたしは知っている。あの日から随分風体は変わってしまったが、繋いだ手のひらの温かさは変わらない。変わらないんだよ、ココくん。

その日はいつもより激しかった。梵天のアジトでココくんの仕事を手伝って軽口なんて叩いていたら、同じく梵天のメンバーの一人、灰谷蘭に声をかけられて、そういうのを嫌うココくんはその場では声を荒げたりはしなかったけれど、家に帰るなりベッドに押し倒された。この男は何気に独占欲が強いのだ。

「ココ、くん、好きだよ」

抱きしめられるより先に舌をねじ込まれた。息が出来なくて、このままわたし死んじゃうのかななんてぼんやりした頭で思う。思うけど、抵抗はしない。というより出来なかった。なぜかって?答えるまでもない。九井一を愛しているから。

散々わたしに唾液を飲ませた後は、首元を強く吸い上げて、あ、これキスマークになっちゃうなと無抵抗下で思う。これじゃしばらく胸元の開いた服が着られない。剥ぎ取られた衣服達は弔いもされず床の上に投げ捨てられた。下着姿のわたしと着衣を乱すことなく少しだけ笑みを浮かべた彼との対比。これから何が起こるのかなんて、予想するまでもなかった。

「ココくん、怒ってる?」

「怒ってねーよ」

「じゃあ、なんでこんなことするの」

「ただの性欲処理に決まってんだろ」

「ココくん、性欲あんまりないよね。知って―」

る。言いかけたところで下着も剥ぎ取られた。こんな子供みたいな女相手に欲情するものなの?今まで側に置いてきたのは単なる気まぐれで、わたしはそれ用の女だったのだろうか?そんなの嘘だ。ココくんの財力があればそれだけで寄ってくる女は少なくないだろうし、わたしよりもかわいい子だって、スタイルのいい子だって選び放題なのだ。わざわざこんな女をその相手に選ばなくてもいいのだ。じゃあなに?今日のこと怒ってるんじゃん。

親しげに話しかけてくる灰谷蘭に妬いているのだ。本人がそれを認めなくても、わたしがそれを認めた。

「愛してるよ、ココくん」

だから名前を呼んでほしかった。ココくんとなら地獄に落ちたっていい。なにをされたって怒らない。怒れなかった。彼の与えてくれるものなら例え理不尽な暴力だとしても嬉しかった。静かに怒りを宿す彼よりもどうかしているのはわたしの方だ。もっと激しく物みたいに扱ってほしい。わたしの中にココくんの全てを出してほしい。それがわたしの醜い願望だった。

さすがに怒っていても理性は残っているのか、そのままではなくゴムを探そうとする彼の腕を掴んでわたしから口づけた。

「…もか?」

「もっと呼んでほしい。そのままでいいから」

彼の驚くような表情をわたしは見逃さない。耳元で囁かれる名前はどんな愛の言葉だって及ばない、最上の愛の言葉。

「正気かよ」

「わたしはココくんのことになると正気じゃなくなるよ」

「はっ。馬鹿じゃねーの、もか」

貴方の声で呼ばれるとまるで戒名のようだと思う。だけどわたしは今この瞬間がなによりも大切で、全身で彼を感じたいから。それ以上の反論を喉の奥に押し込めて、静かに瞼を閉じた。