ヒーローになりたかった
☆みちゃこの書いてくれたSSに対するアンサーSS(?)です。
赤音さんのことは吹っ切ったつもりだった。少なくともオレの中では。
それでも金を集めるのを辞められなかったのは、オレの属する世界でそれが求められていたこと、オレの性分に合っていたことも否定する気はない。したところで無意味だし。意味のないことはしない。それがオレ、九井一だった。
『…わたしのこともちゃんと見てよ』
『…は、?』
オレは目の前の女の顔をまじまじと見る。どこからかやってきて、勝手にオレの家に住み着いて、いつもにこにこ笑っている女が、今は泣きそうな顔をしている。オレが赤音さんの名前を口に出したからか?それ以外に理由はなさそうだった。
『まぁいいけど。わたしも、もう新しく好きな人いるし、ココくんだけな訳ないでしょ?』
とにかくすぐ泣く女だった。オレがチンピラに殴られた日には全身の水分を全て出すんじゃないかってくらい泣きじゃくったし、ナイフの扱いを誤って指を切っただけでも救急車を呼ぼうとした。そんな女が今は薄い笑みを浮かべている。ふつふつと臓物が沸騰するように腹の中が熱くなっているのが自分でもわかった。
『…他に男がいんのかよ』
『鍵、返すから』
そんなことを聞いてるんじゃねえ。
『オレの質問に答えろ』
『そんなの自分で調べなよ?お金でも何でも使ってさ。ココくんなら簡単なことでしょ?』
女は早口でまくしたてるとそのまま部屋を出ていこうとする。「ここがココくんのおうち?お邪魔しま~す!」出会った瞬間の声が、色があの日のままちっとも褪せることなく脳内で再生される。同時に、喉からは自分でも驚くほど冷ややかな声が生成されていることに発声した後で気付いた。
『荷物置いてく気かよ?』
『明日には片付けるから』
ふ、ざけんなよ。お前が勝手にやって来て、オレの日常の中に溶け込んで、それでオレはいつの間にか飼いならされて、この慣れない居心地の悪い胸の中にある塊はなんだ?耐えきれずそのまま早足で家を出る。いつも笑って、オレにべったりくっついて、年上のくせして年下みたいな幼稚さに呆れさせられて、そんなお前がらしくねえじゃんか。
世界が終わったみたいな気持ちだった。むしろ今世界が終わればいいのにと願った。あんなやつどうだっていいはずなのに。オレの周りに集まってくるのはいつだってオレの“金を稼ぐ能力”を狙ったやつらばかりだった。お前はそんなもの要らないと言った。その代わりにオレがほしいと言った。いつだってそうだった。
いつもは吸わないタバコに火を点ける。オレの中のモンは灰色の煙を拒絶して、馬鹿みたいに大きな咳が出た。赤音さんのことはなかったことにはできないし、さっきみたいに名前を呼び間違えちまうこともたまにあった。だけどそれはなんの意味を持ち合わせてもいなかった。赤音さんのことは吹っ切った。死者は生き返らない。たとえ教会に連れていったところで。蘇りの呪文を唱えたところで。何度後悔したところで。
今のオレにとって大事なもの、それを教えてくれたのはお前のくせに。
『…簡単に出て行くなんて言うなよ』
面白いことに今オレはオレが泣きそうなことに気付いて顔を上げた。夕焼けのオレンジ色が瞳の端から滲んでいく。イヌピーならもっとうまくやれんのかな。なんてことをぼんやり思って。なぜか無関係の花垣武道のことが脳裏に過ぎった。
『…くん!ココくんごめん!ごめんなさい!』
背中の方からさんざん耳にしてきた声がする。オレは気付かれないよう涙を拭って、それから何食わぬ顔で振り向いた。