弔いは黒猫と

夢を見た。赤音さんとデートをする夢。図書館で二人きり。見慣れたいつもの風景だったが隣にいるのが赤音さんだったから、どんな場所に行くよりも幸せだと思った。赤音さんの姿は約束をしたあの日のままだったが、オレは小学生ではなく現在の姿で、すっかり汚れきった大人の姿で、そうして気付く。自分がしてきたことの罪の重さを。赤音さんへの思いを。夢の中で夢だと自覚してしまったが、これがいつまでも続けばいいと思った。赤音さんと一緒にいられるなら一生眠ったままでもいい。

『いつまでも幻影を追いかけてないで、今いる子を大事にしてあげてネ』

夢はいつかは醒めるから夢であることをオレはすっかり忘れていた。

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「ココくん?」

オレが目覚めると心配そうな表情でオレの顔を覗き込む女の顔が視界を埋める。

「…も、か?」

瞼が重く焦点が定まらない。それでも窓際の明るさから、ああ、朝が来たんだなとオレは悟った。

「今、何時だ?」

「9時半くらい。よく眠っていたから起こすのが忍びなくって」

お仕事、遅刻しちゃうけど、大丈夫かな?なんて、いちいちはにかんで返してくる。まるでマクドナルドのスマイル0円みたいな笑顔で、そんなものオーダーしていないのだから笑わなくていいのに、といつも思う。

「…ああ、別に仕事はどうでもいい。(どうでもよくないが)」

「連絡しとくからまだ眠っててもいいよ?ココくん昨日寝るの遅かったから、きっと疲れているんだよ」

今寝たら果たしてあの夢の続きを見れるだろうか?オレはらしくもないことをまだ寝起きの霞んだ脳内で巡らせる。

「好きな人との夢なんて滅多に見れるものじゃないし、今ならまだ間に合うよ」

一瞬、言葉の意味を理解できなかった。驚いた表情を浮かべるオレがよほど可笑しかったのか、女はクスクスと笑い、それから短く続ける。

「寝言」

怒るでも泣くでもなく何かを祈るかのように瞼を落として微笑みをたたえたままだったから、うかつにもオレは女の本心を見抜くことができなかった。

なんで気付かなかったんだろう。コイツはイヌピーから赤音さんのことを聞いている。オレが今のオレになった経緯を知っている。

一瞬だった。オレが身体を起こすよりも早く、女はデスクの上にあった拳銃を素早く手にすると、自身のこめかみに銃口を向ける。

「な、に、やってんだよ」

本気で腹が立った。赤音さんのことがあったから「命は大事に」なんて思うわけではないが、死にてぇ奴は勝手に死ねばいいとすら思っているが。数年間、一緒にいた人間に死なれて何も思わないほど薄情な人間でもなかった。

「ココくん、わたしが死んだらどう思う?どうも思わないよね」

「ココくんが大事なものはお金だもんね」

「赤音さんだもんね」

「わたしが手首切るのはココくんに心配してほしいからだし、今こうしているのもそう。ココくんに少しでもこっちを見てほしいからなんだよ」

「嫌い」

「ココくんなんて嫌い」

「赤音さんはもっと嫌い」

「ココくん、わたし死ぬのは怖くないけど、出来ればココくんのために死にたかったなあ」

出会った日を覚えている。まだオレが黒龍にいた頃。ボスの付き添いで酒を飲みに行ったあの日。もの珍しそうにオレを見て、それから「いい美容院に行ってそうですね!」と間の抜けたことを言った女。もか。その頃はどこにも傷なんてなくて。手首もきれいなままで。それなのに、一緒に暮らすようになってからは毎日傷や包帯が増えていって。痛いと泣くのになんで切るんだよ。なんてことを聞くのは日常茶飯事だったが、ああ、オレがそうさせていたんだ。自傷行為は代替行為で。そっちの方が心が苦しくなるよりもマシだっただけで。間抜けなのはもかではなく、オレの方だった。

「撃つならオレを撃て」

猫みたいな女だった。いつも黒い衣装を身に纏い、何故だと問うと「喪に服しているの」なんて巫山戯た返答をする女。気まぐれにオレに触れ、また気まぐれにどこかに行ってしまう。放っておけば帰ってくるから付ける首輪などなかった。それを後悔する時が今だなんて。

余裕なんてとっくになかった。赤音さんを喪って空っぽになったオレには金しかなくて。唯一の救いがいつもオレにくっついてくるもかの存在で、冷たく突き放しても追いかけてくるその笑顔にどれだけ安堵させられたことだろう。

「もかが死んだらオレも後を追う」

夢を見ているのは起きている間だったのかもしれない。この日常は当たり前にあるものではなく、なにかを代償にして得ているものだってことに何故気付かなかった?

するりともかの手から拳銃が滑り落ちる。そしてオレはもかを抱きしめて、彼女によく似合う首輪を買おうと決意するのだ。